るだけ苦々《にがにが》しい顔つきをしていた。ポアイエ・ドゥロルム夫人は、椅子《いす》の上にきちんと威儀を正して、料理を勧めるときでさえ、たえず妹へ教訓をたれてるがようだった。ポアイエ・ドゥロルム氏は、真面目《まじめ》な話を避けるために、くだらないことばかり言っていた。面白くもない会話は、うちとけた危険な話題を恐れるあまり、食べ物の範囲外に出でなかった。ジャンナン夫人は強《し》いて、心にかかってる事柄に話を向けてみた。しかしポアイエ・ドゥロルム夫人から、なんでもない言葉でそれをきっぱりさえぎられた。彼女はもうふたたび言い出す勇気がなかった。
食事のあとでジャンナン夫人は、娘にピアノを一曲ひかせてその技倆《ぎりょう》を示させようとした。娘は当惑し心が進まないで、ひどく下手《へた》にひいた。ポアイエ家の人たちは退屈して、その終わるのを待った。ポアイエ夫人は皮肉な皺《しわ》を唇《くちびる》に寄せて、自分の娘を見やった。そして音楽があまり長くつづくので、彼女はジャンナン夫人へ取り留めもないことを話しだした。アントアネットはその楽曲の中に迷い込んでいて、ある箇所では先をつづける代わりに初めをくり
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