初の夜、風通しのない室につめ込まれて眠れはせず、寒かったり暑かったり、息をつくこともできず、廊下の足音や扉《とびら》を閉《し》める音や電鈴の音におびえ、馬車や重い荷馬車の絶え間ない響きに頭を痛められて、その怪物のごとき都会が恐ろしく感ぜられた。その中に彼らは飛び込んできて、途方にくれてしまったのである。
翌日ジャンナン夫人は、オースマン大通りにぜいたくな住居を構えてる姉のもとへ駆けつけた。片がつくまでその家に泊めてもらえるだろうと、口にこそ出さなかったが心に思っていた。ところが最初の待遇ぶりからして、彼女の夢を覚《さ》ますに十分だった。このポアイエ・ドゥロルム家の人たちは、親戚《しんせき》の没落を怒っていた。ことに夫人は、自分たちにまで世の悪評が及びはしないかを恐れ、夫の昇進の妨げになりはしないかを恐れていたので、零落した家族の者が自分たちにすがりついてきて、なおも煩いをかけるのは、この上もなくずうずうしいことだと考えていた。司法官の考えも同様だった。しかし彼はかなり善良な男だった。夫人から見張られていなかったら、少しは義侠《ぎきょう》心を起こしたかもしれなかった――がもとより、見張
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