うぜん》としてしまった。雨が降っていた。辻《つじ》馬車が見出せなかった。重い荷物に腕も折れるばかりになって、街路のまん中に立ち止まっては、馬車にひかれるか泥《どろ》をはねかけられるかするような危い目に会いながら、遠くまで行かなければならなかった。いくら呼んでも応じてくれる御者はなかった。がついに、胸悪くなるほど汚《きた》ない古馬車を駆ってる御者を呼び止めることができた。その馬車に荷物をのせると、一巻きの毛布を泥の中に取り落とした。かばんをもってきた赤帽と御者とは、彼らの不案内につけこんで二倍の金を払わせた。ジャンナン夫人はある旅館を名ざしたが、それは、じいさんたちのだれかが三十年も前に泊まったからというので不便を忍んでやってくる田舎《いなか》者相手の、下等で高価な旅館の一つだった。そこへ馬車から降ろされた。客がいっぱいだというので、狭い所に三人いっしょに押し込まれて、三室分の代を勘定された。食事に彼らは倹約するつもりで、定食を断わって質素な食べ物を注文したが、それがまた非常に高価《たか》くて、おまけにすぐ腹がすいた。彼らの幻影は到着すると間もなく消えてしまった。そして旅館に落ち着いた最
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