にすわり、窓の方を向いて、黙って涙を流した。彼らは三人とも同じ理由で泣いているのではなかった。ジャンナン夫人とオリヴィエとは、あとに残してきたもののことばかりを考えていた。アントアネットは今後の事柄をいっそう考えていた。彼女はそれをみずからとがめた。過去の思い出にのみふける方が好ましかった。――彼女が未来のことを思うのは道理だった。彼女は母や弟よりもいっそう確かな見解をもっていたのである。母と弟とはパリーに幻をかけていた。アントアネットでさえ、彼らがパリーでどんな目に会うかを少しも気づいていなかった。彼らはまだかつてパリーへ行ったことがなかった。ジャンナン夫人には、パリーに、ある司法官と結婚して豊かに暮らしてる姉があった。その姉の助力を彼女は当てにしていた。それにまた、子供たちはりっぱな教育を受けてはいるし、母親としては通例な彼女の自惚《うねぼ》れの眼から見れば、天分もかなりあるしするから、りっぱに生活するのは容易であろうと、彼女は信じ込んでいた。

 到着の印象は痛ましかった。早くも停車場で、荷物取扱場に押し合ってる人込みや、出口の前に入り乱れてる馬車の騒々しさなどに、彼らは惘然《ぼ
前へ 次へ
全197ページ中67ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング