く忘れまいとした。しまいに彼らはおのおの、自分一人の悲しい考えから努めて身を振りもぎって、ジャンナン夫人の室に集まった。奥に大きな寝所のついたなつかしい室で、昔は、夕食後客がない晩は皆でそこに集まったのだった。昔は!……というほど何もかもすでに遠くなったように思われた。――彼らはわずかな火をとりかこんで、口もきかずにじっとしていた。それから寝台の前にひざまずいて、いっしょに祈祷《きとう》を唱えた。夜明け前に起きなければならなかったから、ごく早く床についた。しかしなかなか眠れなかった。
 ジャンナン夫人は、もう支度の時間ではないかと始終懐中時計を見ていたが、朝の四時ごろになると、蝋燭《ろうそく》をともして起き上った。ほとんど眠らないでいたアントアネットも、その音を聞いて起き上がった。オリヴィエはぐっすり眠っていた。ジャンナン夫人はしみじみとその寝姿をながめて、思い切って呼び起こすことができなかった。彼女は爪先《つまさき》で遠のいて、アントアネットに言った。「音をたてないようにしようね。かわいそうに、寝おさめにゆっくり寝かしてやりましょう。」
 二人は身支度を終え、包みをこしらえ上げた。家
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