潔さにたいする一徹な感情をもっていただけに、自分らに責のない不名誉をことにひどく苦しんだ。三人のうちで、もっともその苦悩に痛められたのはアントアネットだった。なぜなら彼女は平素もっとも苦悶《くもん》に遠ざかっていたから。ジャンナン夫人とオリヴィエとは、いかに断腸の思いをしたにせよ、苦しみの世界に門外漢ではなかった。本能的に悲観家である彼らは、圧倒されながらもそれほど驚きはしなかった。彼らにとっては、死の考えは常に一つの避難所だった。今となってはことにそうだった。彼らは死を希望した。もちろんそれは痛ましい諦《あきら》めには違いない。しかしながら、自信強く、幸福であり、生きることを愛しているのに、この底知れぬ絶望に、あるいは身の毛もよだつ死そのものに、突然行き当たった若人の反抗心に比ぶれば、それほど恐ろしいものではない……。
アントアネットは世間の醜悪さを一挙に見て取った。彼女の眼は開けた。彼女は人生を見た。父や母や弟を批判した。オリヴィエとジャンナン夫人とがいっしょに泣いてる間に、彼女は一人自分の苦悩の中に閉じこもった。彼女の絶望した小さな頭脳は、過去現在未来を考慮した。そしてもはや自
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