分には何も残っていないのを知った、なんらの希望もなんらの支持もないのを。もはや頼りうるだれもいなかった。
悲しい恥ずかしい葬式が行なわれた。教会は自殺者の死体を受けることを拒んだ。寡婦と孤児たちとは卑劣な旧友らから見捨てられた。ようやく二、三の人たちがちょっと顔を出した。彼らの迷惑そうな態度は、他に会葬者がないことよりもさらにつらかった。彼らは会葬を一つの恩恵としているらしかった。その沈黙は非難と軽蔑《けいべつ》的な憐憫《れんびん》との塊《かたま》りだった。親戚《しんせき》の方はさらにひどかった。ただに弔慰の言葉を寄せないばかりでなく、苦々《にがにが》しい非難を寄せてきた。銀行家の自殺は人々の怨恨《えんこん》を鎮《しず》めるどころか、破産にも劣らないほどの罪悪らしかった。中産階級は自殺者を許さない。もっとも不名誉な生よりもむしろ死を選ぶことは、もってのほかのことだと思われている。「諸君といっしょに生きることくらい不幸なことはない、」と言うらしい人の上には、あらゆる峻厳《しゅんげん》な法の制裁が喜んで加えられる。
もっとも卑怯《ひきょう》な者こそ、もっとも激しく自殺を卑怯な行ないだと
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