の姿が見えないので、不安になって起き上がり、方々部屋を見回り、階下《した》へ降りて行き、母家《おもや》と軒つづきの銀行の事務所へ行ってみた。そしてそこで、ジャンナン氏をその私室に見出した。ジャンナン氏は肱掛椅子《ひじかけいす》にすわり、事務机の上にぐったりとなって、血にまみれていた。その血はまだ床《ゆか》にぽたぽたたれていた。彼女は鋭い叫び声をたて、手の蝋燭《ろうそく》を取り落とし、意識を失ってしまった。母家の人たちがそれを耳にした。召使たちが駆けつけて来、彼女を引き起こして手当てを施し、ジャンナン氏の身体を寝台の上に運んだ。子供たちの室は閉《し》め切ってあった。アントアネットは至福者のように眠っていた。オリヴィエは人声や足音を聞き伝えた。何事か知りたかった。しかし姉の眼を覚ますのを気づかった。そしてまた眠った。
 翌朝、その噂《うわさ》が町に広まってからも、二人はまだ何にも知らなかった。老婢《ろうひ》が涙を流しながら、出来事を二人に知らしてくれた。母はまだ何にも考えることができなかった。不安な容態でさえあった。二人の子供は死を前にして、ただ二人きりだった。最初のうちは、悲しさよりも恐
前へ 次へ
全197ページ中56ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング