氏は田舎《いなか》のたいていの中流人士と同じく、自然界の事物についてはかなり無知だったので、尋ねられた星の名は一つも知らなかった。ただ、だれでも知ってる大きな星座だけを知っていた。子供が尋ねてるのはそれらの星座のことだと思ってるふうをして、その名前を聞かしてやった。オリヴィエは問い返さなかった。それらの神秘な美しい名前を、耳にきいたり小声でくり返したりするのが、いつもうれしかった。そのうえ彼は知識を求めることよりも、むしろ本能的に父に近づきたがっていた。二人は黙った。オリヴィエは腰掛の背に頭をもたせ、口をうち開いて、星をながめた。そしてうっとりとなった。父の手の温《あたた》かみがしみじみと感ぜられた。とにわかにその手が震えだした。オリヴィエは変だと思って、にこやかな眠たげな声で言った。
「おや、お父《とう》さんの手はたいへん震えてるよ。」
ジャンナン氏は手を引っ込めた。
オリヴィエはその小さな頭を一人で働かしつづけていたが、ややあって言った。
「お父さんもくたびれたの?」
「ああ、坊や。」
子供はやさしい声で言った。
「そんなに疲れちゃいけないよ、お父《とう》さん。」
ジャンナ
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