だれからでも捕れたくはなかった。その小さな頭の中で、結婚の相手をすでにきめていた。
 土地の貴族――(一地方にはたいてい貴族の家柄が一つだけあるものである。その地の昔の君主から出た家だと自称している。けれど多くは、十八世紀の監察官やナポレオン時代の軍需商人など、国家の財産を買い取った者の子孫である)――その貴族にボニヴェー家というのがあった。町から二里隔たってるその邸宅には、光ってる石盤屋根の尖塔《せんとう》がそびえ、まわりに大きな森があり、森の中には魚を放った池が散在していた。そのボニヴェー家からジャンナン家へ懇親を求めてきた。息子のボニヴェーはアントアネットへしきりに媚《こ》びてきた。年齢のわりにはかなり丈夫な肥満した美男子で、狩猟と飲食と睡眠とをその神聖な日課としていた。馬にも乗れるし、舞踏《ダンス》も心得ており、態度もかなりりっぱで、他の青年よりさほど劣ってはいなかった。長靴をはき込み馬や二輪馬車を駆って、ときどき自邸から町へ出て来た。用事を口実にして銀行家ジャンナンを訪問した。ときとすると、猟の獲物《えもの》をつめた目籠《めかご》を手みやげにしたり、大きな花束を婦人たちへもっ
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