女を跳《は》ね躍《おど》らしながら、世に知られてる小唄《こうた》を歌った。
[#ここから3字下げ]
別嬪《べっぴん》さんよ、何が望みか、
醜男《ぶおとこ》の御亭主《ごていしゅ》さんかえ?
[#ここで字下げ終わり]
彼女は放笑《ふきだ》して、彼の頬髯《ほおひげ》を頤《あご》の下で結《ゆわ》えながら、その反覆句で答えた。
[#ここから3字下げ]
醜男よりもかわいい男を
お上さん、どうぞ願います。
[#ここで字下げ終わり]
彼女は自分で相手を選ぶつもりだった。自分はたいへん富裕でありあるいは富裕になるだろうということを、彼女は知っていた――(父は口癖にそれをくり返していた)――彼女は「りっぱな嫁」だった。その地方での豪家で息子《むすこ》のある人たちは、早くも彼女の機嫌《きげん》を取って、ちょっとした阿諛《あゆ》と賢い術策との白糸の網を張りながら、この美しい銀の魚を捕えようとしていた。しかしその魚は彼らにたいして、単なる四月の魚になりやすかった。なぜなら、機敏なアントアネットは彼らの策略をすっかり見抜いていたから。そして彼女はそれを面白がっていた。彼女は捕《とら》れたくはあったが、
前へ
次へ
全197ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング