てきたりした。その機会に乗じて、令嬢の意を迎えることにつとめた。令嬢といっしょに庭を散歩した。髭《ひげ》をひねりながら、また、覧台《テラース》の舗石に拍車を鳴らしながら、腕のように太いお世辞を言ったり、愉快な冗談口をきいたりした。アントアネットは彼を面白い男だと思った。彼女の驕慢《きょうまん》と愛情とはしみじみとそそられた。彼女は幼い初恋のうれしさに浸り込んだ。オリヴィエはその田舎《いなか》紳士をきらいだった。強くて鈍重で粗暴で、騒々しい笑い方をし、螺盤《まんりき》のようにしめつける手をもち、彼の頬《ほお》をつまみながらいつも見くびりがちに、「坊っちゃん……」などと呼びかけるからであった。ことにきらいだった――なんとなく虫が好かなかった――わけは、他家《よそ》の者であるその男が姉を愛してるからであった……自分の姉を、自分一人のもので他《ほか》のだれのものでもない大事な姉を!……

 そのうちに、破綻《はたん》が到来した。数世紀以来同じ一隅《いちぐう》の土地に固着してその汁《しる》を吸いつくした、それらの古い中流家庭の生活には、早晩一破綻の起こるのが常である。それらの家庭は静かな眠りをむ
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