上品さがないでもない。ところが学者は、たいてい手工的労働者で――(それは不名誉なことだ)――せいぜい職工長くらいのもので、芸術家より学問はあるが多少気が変になっている。紙の上ではすぐれてるか知れないが、その数字の工場から外へ出ると、もうまるで木偶《でく》の棒だ。生活と実務との経験ある良識家に導かれなかったら、学者はとてもやってゆけるものではない。
ところがあいにくにも、生活と実務との経験が、これら良識家らが信じたがってるほど堅実なものであるとは、まだ証明されてはいない。それはむしろ、ごくわずかのきわめて容易な場合にのみ限られてる、一種の熟練と言うべきである。迅速《じんそく》勇敢な決意を要する意外な場合にぶつかると、彼らはもうなす術《すべ》を知らない。
銀行家ジャンナンは、そういう種類の人物だった。万事は前もってよくわかっていたし、田舎《いなか》生活の一定の調子で正確にくり返されていたので、彼はその業務において重大な困難にかつて出会わなかった。その職業にたいする特殊の能力なしに、ただ父の業を受け継いだのだった。それ以来万事が好都合にいったので、自分が生来賢明なからだと慢《おご》ってい
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