音楽を多く奏した。音楽が心の底まで沁《し》み通っていた。彼は自分が奏してるものを理解しようとは求めないで、受動的にそれを楽しんだ。だれも和声《ハーモニー》を教えてやろうとする者はいなかったし、彼自身も教わろうとは心掛けなかった。あらゆる学問および学問的精神はことごとく、彼の家庭に欠けていて、ことに母方の方に欠けていた。法律の人であり才気の人であり古典文学者であるその人たちは、何かの問題に出会うとまごついてしまった。血縁の一人――遠縁のある従弟《いとこ》――が天文協会にはいったというのを、一大珍事のように語っていた。その従弟は狂人になったとの噂《うわさ》までしていた。強健着実ではあるが長い消化と日々の単調さとで眠らされてる精神の、田舎《いなか》の古い中流階級の人たちは、自分の良識だけを頼りとしている。彼らはいかにも自信の念が強くて、自分の良識で解決できない問題はないと自惚《うぬぼ》れている。そして彼らは、学術の人を一種の芸術家と見なしがちで、ただ、芸術家よりも有用ではあるが高尚ではないと考えている。なぜかと言えば、少なくとも芸術家はなんの役にもたたないからである。そしてその無為な生活には
前へ
次へ
全197ページ中31ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング