好きだった」に傍点]。」――ところで祖父は、ピッチーニの方を多く好きだったろう。がそれはとにかく、彼の集めたものの中では、イタリーの歌曲が数においてはるかに優勢だった。それらのものが、小さなオリヴィエの音楽上のパンだった。中身の少ない食物であって、子供に食べさせる田舎《いなか》の砂糖菓子に似ていた。その菓子は趣味を減退させ、胃をそこない、より真面目《まじめ》な食物にたいする食欲を永遠に奪い去る恐れがある。しかしオリヴィエは貪食《どんしょく》だととがめられるわけはなかった。彼はより真面目《まじめ》な食物を与えられていなかった。パンがなくて菓子ばかり食べていた。かくて自然の勢いとして、チマローザやパエジエロやロッシーニなども、この神秘家の憂鬱《ゆううつ》な少年の乳母となった。それらの陽気な厚顔な老シレヌスたちや、率直でなまめかしい微笑を浮かべ眼に美しい涙をためてる、ナポリとカタニアとの元気な二人の小酒神、ペルゴレージとベリーニなどが、牛乳の代わりに注《つ》いでくれる、泡《あわ》だった白葡萄酒《アスチ》を飲みながら、彼は酔って頭がふらふらするのだった。
彼はただ一人で、自分の楽しみのために
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