た。正直で勤勉で良識をもってるだけで足りると、いつも好んで言っていた。父親が彼の趣味を念頭におかなかったとおり、彼も息子《むすこ》の趣味なんかは念頭におかずに、その職務を息子に譲ろうと考えていた。そして息子をそういうふうに育てようとはしなかった。子供たちを勝手に生成するままに放任しておいて、ただ彼らが善良でありことに幸福でさえあればいいとしていた。子供たちを鍾愛《しょうあい》していたのである。それで二人の子供は、この上もなく生存競争の準備が欠けていた。まるで温室の花だった。しかし、常にそういう生き方をしてはいけなかったであろうか? その柔弱な田舎において、名望ある富裕な家庭において、土地一流の地位を占めながら友人らに取り巻かれてる、快活で親切懇篤な父親をもっていて、生活はいかにも安易でなごやかだったのである。

 アントアネットは十六歳になっていた。オリヴィエは初めての聖体拝受を受けるころになっていた。彼は自分の神秘な夢の羽音のうちに潜み込んでいた。アントアネットは四月の鶯《うぐいす》の声のように青春の心を満たしてゆく陶然たる希望の歓《よろこ》ばしい歌声に耳を傾けていた。自分の身体や魂
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