[#「ロンド」に傍点]をむちゃくちゃにひきながら、ある楽節ではまごつき、ひき渋ったり、ふいにひきやめたり、後ろを振り向き、「ああ、忘れたわ……」と微笑《ほほえ》みながら言ったり、それからまた勇敢に、数節先からひきだして、終わりまでやりつづけるのだった。そのあとで彼女は、ひき終えた満足を隠さなかった。喝采《かっさい》を浴びせられながら元の席にもどって来ると、笑いながら言っていた。
「私何度も間違えたわ……。」
 しかしオリヴィエは、もっと気むずかしかった。公衆の前に出てゆくことが、集まってる人たちの目標となることが、辛棒できなかった。人がたくさんいるときには、口をきくのさえ苦痛だった。まして、音楽を愛しもせず――(彼はそれをよく見て取っていた)――音楽に退屈までし、ただ習慣上から演奏を求めてる、その人たちのために演奏することは、彼にとっては迫害にも等しかった。彼はただいたずらに逆らおうとばかりした。いつも頑固《がんこ》に拒んでやった。ときには逃げ出すこともあった。まっ暗な室や、廊下の隅《すみ》や、また、蜘蛛《くも》がひどく恐《こわ》いのも構わずに、物置にまではいり込んで、身を隠した。しか
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