いた。――その日以来、彼は書物の一冊一冊を取り上げて、他にも何か内心の思いを書き残してはすまいかと思って、ページごとに捜していった。そしてクリストフにあてた手紙の草稿を見出した。それによって、彼女のうちにできかけてた暗黙の恋愛を知った。これまで知らないでいたしまた知ろうとも求めなかった、彼女の感情生活を初めて洞見《どうけん》した。弟から見捨てられて、縁遠い友のほうへ両手を差し出してた、彼女の心乱れた最後の日々を、彼はまざまざ想像した。かつて彼女は、以前クリストフに会ったことを彼に打ち明けていなかった。が手紙の数行によって彼は、二人が近いころドイツで出会ったことを知った。細かな点は少しもわからなかったが、ある場合にクリストフがアントアネットへ親切だったこと、そのときからアントアネットの想《おも》いがきざしたこと、それを彼女が最後まで秘めつづけたこと、などを彼は了解した。
 彼はそのりっぱな芸術のためにすでにクリストフを好んでいたので、ただちに言い知れぬなつかしさを覚えた。姉がクリストフを愛していたのだ。クリストフのうちになお姉をも愛してるように、オリヴィエには思われた。彼はあらゆることを
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