してクリストフに接近しようとした。しかしその行くえを探るのは容易なことではなかった。クリストフは音楽会の失敗後、広大なパリーのうちに姿を隠してしまった。だれの前にも出て来なかったし、まただれももう彼のことを念頭においていなかった。数か月の後オリヴィエは、病気上がりの蒼白《あおじろ》い痩《や》せ衰えたクリストフに、偶然往来で出会った。しかし彼は呼び止めるだけの勇気がなかった。遠くからその家までつけていった。手紙を書きたかったが、それもほんとうには決心しかねた。なんと書いたらよいかわからなかった。オリヴィエは自分一人ではなく、アントアネットがいっしょについていた。彼女の恋と羞恥《しゅうち》とが彼のうちにはいり込んでいた。姉がクリストフを愛していたという考えのために、彼はあたかも自分が姉自身であるかのように、クリストフにたいして顔を赤らめた。それでもやはり、クリストフといっしょに姉の話がしたかった。――けれどもそれができなかった。姉の秘密によって唇《くちびる》に封印されていた。
 彼はクリストフに会おうとつとめた。クリストフが行きそうな所へは、どこへでも出かけて行った。彼へ握手を求めたくてた
前へ 次へ
全197ページ中196ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング