来事が、書きつけてあった。それは彼女にとって、喜びや感動のおりおりで、詳細に書きしるしておかなくても思い出せるものだった。それらの日付のほとんどすべては、オリヴィエの生活に起こった事柄に関係していた。また彼女は、彼からもらった手紙を一つも失わずに全部保存していた。――悲しくも彼のほうはそれほど丹念ではなかった。彼女から受け取った手紙のほとんどすべてを失っていた。なんで手紙を取っておく必要があったろう? いつも姉がそばについていてくれることと思っていた。大事な愛情の泉はいつまでも涸《か》れないような気がしていた。いつでもその泉で唇《くちびる》と心とを清涼にすることができると、安心しきっていた。それから受け取れる愛を浅慮にも浪費していた。そして今では、そのわずかな雫《しずく》までも集め取りたかった……。かくして、アントアネットのもってた詩集の一冊をひらきながら、一片の紙に鉛筆で書かれたつぎの言葉を見出したとき、どんなに彼は感動したろう。
「オリヴィエ、なつかしいオリヴィエ!……」
 彼は気が遠くなるほどだった。墓から彼に話しかける眼に見えない口に向かって、自分の唇を押しあてながら、すすり泣
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