に変わって、口もとや眼の中にそれが輝いていた。彼女は繰り返した。
「私は幸福だ……。」
失神の状態が襲ってきた。まだ意識を保ってる最後の瞬間に、彼女の唇は動いていた。何かを誦《とな》えてるのが見てとられた。オリヴィエはその枕頭《ちんとう》に来て、彼女の上に身をかがめた。彼女はまだ彼を見分けて、弱々しく微笑《ほほえ》みかけた。その唇はなお動いていて、眼には涙がいっぱいたまっていた。何を言ってるのかは聞こえなかった……。しかしオリヴィエはついに、古い歌の文句を、息の根のように細く聞きとった。それは二人が非常に好きであって、彼女が幾度も彼に歌ってくれたものだった。
[#ここから3字下げ]
吾《われ》また来《き》たらん、いとしき者よ、また来《き》たらん……。
[#ここで字下げ終わり]
それから、彼女はまた失神の状態に陥った……。そしてこの世を去った。
彼女はみずから知らずに、多くの人たちに、知り合いでもない人たちにさえ、深い同情の念を起こさしていた。同じ建物に住んでる名も知らない人たちにも、同様だった。でオリヴィエは、見ず知らずの人たちから同情を表された。アントアネットの葬式は、母
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