親の葬式ほど人から見捨てられはしなかった。友だち、弟の仲間、彼女が稽古《けいこ》を授けていた家の人たち、または、彼女が一身のことは何にも言わずに黙ってそばを通りすぎ、向こうでも何にも言わないで彼女の献身を知ってひそかに感心していた、多くの人たち、さらにまた、貧しい人たち、彼女を助けてくれてた家事女、町内の小売商人、そういう人々が彼女を墓地まで見送ってくれた。オリヴィエは姉の死んだ晩から、ナタン夫人に迎えられ、強《し》いて連れて行かれ、その悲しみを無理に紛らされた。
それは、彼がかかる災厄に堪え得る、生涯《しょうがい》中の唯一の時期――彼が絶望に陥りきることを許されない、唯一の時期だった。彼はちょうど新しい生活を始めていて、ある団体の一員となっていて、心ならずもその流れに引きずられていった。その一派の仕事や心労、知的興奮、試験、生活のための奮闘などは、自分の心のうちに閉じこもることを彼に許さなかった。彼は一人きりでいることができなかった。彼はそれを苦しんだが、しかしそれは彼の救済であった。もう一年早かったら、あるいはもう数年後だったら、彼は破滅したに違いなかった。
それでも彼はできる
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