一年早く去っていたら、どうなっていたであろう?――彼女は嘆息をもらした。感謝の念で自分を卑下《ひげ》した。
 ごく息苦しくはあったが、彼女はそれを少しも訴えなかった――ただ、重い眠りの中で、小さな子供のように、ときどき呻《うめ》き声を出すきりだった。あきらめきった微笑を浮かべて、事物や人々をながめた。オリヴィエの姿を見るのが、彼女にとってはいつも喜びだった。言葉には出さないで唇《くちびる》だけで彼の名を呼んでいた。自分のそばに枕《まくら》の上に彼の頭を置かせたがった。そして眼と眼とを近寄せて、黙って長い間彼をながめた。しまいには、両手で彼の頭をかかえながら、身を起こして言った。
「ああ、オリヴィエ……オリヴィエ!……」
 彼女は首につけてるメダルをはずして、それを弟の首につけてやった。親愛なオリヴィエを自分の聴罪師となし医者となしすべての者に見立てた。それ以来彼女は彼のうちに生き、死に臨んで、島の中へのように彼の生命の中へ逃げ込んでるのが、見てとられた。ときどき彼女は、愛情と信仰との神秘な興奮のために、酔わされてるがようだった。もう苦痛も感じなかった。悲しみは喜びに――聖《きよ》い喜び
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