それは、息がつまってやたらに羽ばたきをする小鳥の、最後の努力だった。あきらめるよりほかにしかたなかった……。
 彼女はなお長くテーブルの前に残って、身を動かすこともできずに思い沈んでいた。ようやくに――元気を出して――立ち上がったのは、夜中過ぎだった。手紙の草稿を片付ける気力も引き裂く気力もなくて、ただ機械的な習慣から、それを小さな書棚《しょだな》のある書物にはさんだ。それから熱に震えながら床についた。謎《なぞ》の言葉は解けた。神意の果たされるのを彼女は感じた。
 そして大きな平安が彼女のうちに降りてきた。

 日曜の朝、オリヴィエが学校からやって来たとき、アントアネットは床について多少|昏迷《こんめい》のうちにあった。医者を呼ぶと、急性の肺結核だと診断された。
 アントアネットは近来、自分の容態に気づいていた。そして、みずから恐れていた精神的悩みの原因を、ついに見出したのだった。わが身を恥じる憐れな娘たる彼女にとっては、まったく自分のせいではなくて、病気のせいだったと思うことは、ほとんど一種の慰安であった。彼女にはまだ少し力が残っていて、あらかじめ多少の注意をなし、いろんな書類を焼き
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