いた。
「助けてください。救ってください!」
 彼女はわくわくしながら立ち上がって、ランプをともし、紙とペンとをとった。そしてクリストフに手紙を書いた。もし彼女がそのとき病気にかかっていなかったら、気位の高い恥ずかしがりの娘たる彼女は、彼に手紙を書くことを考えはしなかったろう。が彼女は何を書いてるのかも知らなかった。もう自分が自分の自由にならなかった。彼を呼びかけ、彼を愛してると言っていた……。手紙のなかほどで、彼女はびっくりして筆を止めた。手紙を書き直したかった。がもう気力がなくなっていた。頭が空《から》っぽで燃えるようだった。書くべき言葉を見出すのが非常に困難だった。疲労のためにぐったりしていた。彼女は恥ずかしかった……。こんなことをして何になろう? 彼女はみずから自分を欺こうとしてることを知ってたし、けっしてその手紙を送らないことも知っていた……。送ろうと思っても、どうして先へ届けられよう? 彼女はクリストフの住所を知らなかった……。憐《あわ》れなクリストフよ! たといすべてを知り、彼女に好意をもってたにせよ、彼は何をなし得よう? もうおそかった。駄目、駄目、何もかも無益だった。
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