》をした。それから騒擾《そうじょう》のおりになると、彼は我を忘れた。彼は立ち上がり、クリストフが正当だと叫び、非難者を反駁《はんばく》し、格闘したがっていた。臆病《おくびょう》な少年たる彼とは思えなかった。彼の声は喧騒《けんそう》のうちにもみ消された。露骨な罵言《ばげん》を招いた。鼻垂《はなたれ》小僧とののしられ、いい加減に寝てしまえと怒鳴られた。アントアネットは反抗の無益なことを知って、彼の腕をとらえて言った。
「お黙りなさいよ、お願いだからお黙りなさいよ!」
彼は絶望して腰をおろした。がなおうなりつづけていた。
「恥だぞ、恥だぞ、馬鹿どもが!……」
彼女はなんとも言わなかった。黙って心を痛めていた。彼は彼女がその音楽を感じていないのだと思った。彼女に言った。
「姉《ねえ》さん、りっぱな音楽だとは思わないんですか、ええ?」
彼女はただうなずいた。凍りついたようになって、元気を出すことができなかった。しかし、管弦楽隊が他の曲を始めかけると、突然彼女は立ち上がりながら、一種の憎悪をもって弟にささやいた。
「いきましょう、いきましょう。もうこんな人たちは見ていられません。」
二人は
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