、ある薄曇りの秋の日に、森の中を山に沿って、最後の散歩をした。たがいに口をきかず、やや憂鬱《ゆううつ》な夢想にふけりながら、寒げに寄り添って、襟《えり》を立てた外套《がいとう》にくるまっていた。二人の指は組み合わされていた。湿った林はひっそりとして、無言のうちに泣いていた。冬の来るのを感じてる寂しい一羽の小鳥の、やさしい憂わしげな鳴き声が、奥のほうに聞こえていた。澄みきった家畜の鈴の音が、遠くほとんど消え消えに、霧の中に響いていて、あたかも二人の胸の奥に鳴ってるがようだった……。
 彼らはパリーへ帰った。二人とも寂しかった。アントアネットはその健康を回復していなかった。

 オリヴィエが学校へもって行くべき荷物を支度《したく》しなければならなかった。アントアネットはそれに残りの貯蓄を費やした。ひそかに数個の宝石さえ売り払った。それで構わなかった。あとで彼が買いもどしてくれるかもしれなかった。――それにまた、彼がいなくなれば、彼女はもうそんな物には用はなかったのだ!……弟がいなくなった後のことなどを彼女は考えたくなかった。彼女はただ弟の荷物のことに気を配り、弟にたいする熱い情けをすべてそ
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