いがした。死んでしまったような気がした。夜は自分の室に閉じこもった。そして燈火もつけないことがしばしばだった。暗い中にじっとすわったままでいた。その間オリヴィエは、例の取り留めもない恋心地の楽しみにふけりながら、下の広間で面白がっていた。そして、令嬢らと談笑しつづけ、なおいつまでも別れかねて、扉口《とぐち》で何度も挨拶《あいさつ》をかわしながら、ついに自分の室のほうへ上がってきた。その足音が聞こえるときに、アントアネットは初めて惘然《ぼうぜん》としていたのから我に返った。そして暗闇《くらやみ》の中に微笑を浮かべて、立ち上がって電燈をつけた。弟の笑い声を聞くと元気になるのだった。
 秋はふけていった。日の光は薄くなり、自然はしおれてきた。十月の靄《もや》と雲とにつつまれて、色彩は褪《あ》せてきた。山には雪が降り、野には霧がかけた。旅客は一人ずつ、つぎには組をなして、帰っていった。そして友だちが立ち去るのは、たとい心の残らない友だちが立ち去るのでも、見るに悲しいことだった。ことに、生活中の林泉《オアシス》とも言うべき、安静と幸福との時だった。夏が去るのは、悲しいことだった。二人はいっしょに
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