を起こさせられる下等な学校仲間とその情婦ら以外に、ほとんど知人がなかった。それで育ちのいい愛嬌《あいきょう》のある快活な同年配の男女の中に交ることは、彼にとって非常な愉快だった。彼はきわめて粗野ではあったけれど、無邪気な好奇心をもち、感傷的な清い逸楽的な心をそなえていた。女の眼の中に輝くちらちらした燐光《りんこう》的な炎に、たやすくとらわれてしまう心だった。彼自身もその内気さにかかわらず人の気に入ることができた。愛し愛されたいという純真な欲求のために、知らず知らず若々しい美しさが出て来、情のこもった言葉や身振りや慇懃《いんぎん》さなどを見出し得た。そのやり方が無器用なだけにかえって人の心をひいた。彼は同情の天分に富んでいた。孤独のうちにごく皮肉になってる彼の知力は、人の凡俗さや欠点を見てとって、しばしばそれに嫌気《いやけ》を起こしはしたけれど、人と顔を合わして立つときには、彼はもはや相手の眼をしか見なかった。その眼の中には、他日死ぬべき人、彼と同じく一つの生命しかもっていない人、そして彼と同じくその生命をやがて失うべき人、そういう人の姿が表われていた。すると彼はその人にたいして、知らず
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