めた。温和な空気を呼吸し、刈られた牧草や熱い樹脂の匂《にお》いとともに、風のために遠くからときどき吹き送られる、家畜の鈴の音を吸い込んだ。そして二人いっしょに、過去や未来や現在のことを夢みた。その現在が、あらゆる夢のうちでももっとも架空的なもっとも楽しいもののように思われた。アントアネットも時としては、弟の子供らしい快活に感染した。二人は追っかけ合ったり草を投げ合ったりして遊んだ。そしてある日、彼は彼女が昔子供のときのように笑ってるのを見た。それは泉のように透き通った呑気《のんき》な小娘の馬鹿笑いであって、数年来彼が一度も聞いたことのない笑いだった。
 しかし往々オリヴィエは、長い遠足をなす楽しみを制しきれなかった。その後で彼は多少の後悔を感じた。姉と楽しい会話をしなかったことを、あとでみずから責めざるを得なかった。旅館ででも姉を一人にさしとくことがしばしばあった。旅館には少数の若い男女の連中がいた。二人は初めのうちそれから遠ざかっていた。そのうちに、気の弱いオリヴィエは彼らに引きつけられて、その仲間に加わってしまった。彼には友だちというものがなかった。姉を除いては、嫌悪《けんお》の情
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