乳を入れた、空のように甘く野の草や花のように香《かお》りのいい、元気づける熱いコーヒーを、露天のテーブルで立ちながら飲んだ。
 彼らはスイスの汽車に乗った。その設備が彼らにはもの珍しくて、子供らしい喜びを与えられた。しかしアントアネットはたいへんけだるかった。気分の悪いわけが自分にもわからなかった。周囲のすべてのものが眼にはいかにも麗わしく面白いのに、胸にはうれしさをあまり感じないのは、なぜだったろう? 楽しい旅行、いっしょに弟を伴い、将来の心配は除かれ、そしてなつかしい自然、それは彼女が長年夢想してたことではなかったか……。それをどうしたというのだろう? 彼女はみずから自分の気持をとがめて、弟の無邪気な喜びを強《し》いてうれしがり同感しようとした。
 二人はトゥーンで止まった。翌日は山のほうへ向かって出発するはずだった。がその晩アントアネットは旅館で、激しい熱が出て、嘔吐《おうと》と頭痛とに襲われた。オリヴィエはすぐ途方にくれて、不安な一夜を過ごした。朝になると医者を呼ばなければならなかった。――(不意の余分の費用で、彼らのわずかな所持金にとっては等閑にできなかった。)――医者の言う
前へ 次へ
全197ページ中158ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング