ところによれば、さしあたり大したことではないが、極端な疲労をきたしていて、身体の組織がこわれかけてるのだった。すぐに旅をつづけるなどはもちろんできなかった。医者はアントアネットへ一日じゅう起き上がることを禁じ、なおしばらくはトゥーンにとどまっていなければならないことを告げた。二人はがっかりした――それでも、あんなに心配していたあとで、それくらいなことで済んだのはうれしかった。しかしながら、かく遠くまでやって来て、熱い太陽の光がさし込む温室のような、旅館のいやな室に閉じこもっていなければならないのは、実につらいことだった。アントアネットは弟に散歩をすすめた。彼は旅館から少し外へ出た。美しい緑の衣をまとってるアール河を見、空の遠くに浮き出してる白い山の頂を見た。そして喜びに打たれた。しかしその喜びを一人で味わうことはできなかった。急いで姉の室へもどってきて、ながめた景色を感動しながら話してきかした。そして姉が彼の帰りの早いのを驚いて、も一度散歩してくるように勧めると、彼はかつてシャートレー座の音楽会からもどって来たときと同じことを言った。
「いいえ、あまり美しすぎます。姉《ねえ》さんをおい
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