た。眼のまわりはくぼみ、あどけない口は半ば開き、皮膚の色は黄色っぽくなり、小さな皺《しわ》が頬《ほお》のあちらこちらに寄って、悲嘆と幻滅との悲しい月日の跡をとどめていた。年老い病んでる様子だった。――そして実際、彼女はまったく疲れきってるのだった。もしできることなら出発を延ばしたかったろう。しかし彼女は弟の楽しみを妨げたくなかった。自分はただ疲れてるだけで、田舎《いなか》へ行ったら元気になるだろうと、強《し》いて思い込みたかった。が途中で、病気になりはすまいかとどんなにか心配していた。――彼女は弟からながめられてるのを知った。押っかぶさってくる眠気を無理にしりぞけて、眼を見開いた――その眼はいつもあんなに若々しく清らかで澄んでいたが、今は小さな湖水の上を雲が渡るように、無意識的な苦痛の影がときどき通りすぎた。彼は気がかりなやさしい調子で声低く、気分はどうかと尋ねた。彼女は彼の手を握りしめて、気分はよいと断言した。愛情のこもった一言で彼女は気を引きたてられていた。
 やがて、ドールとポンタルリエとの間の蒼茫《そうぼう》たる平野の上の赤い曙《あけぼの》、眼覚《めざ》めくる田野の光景、大地か
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