。大通りを横切るときには危うく轢《ひ》き殺されようとした。二人は繰り返していた。
「オリヴィエ!……姉《ねえ》さん!……」
彼らは大股《おおまた》に階段を上っていった。室にはいると、たがいに抱き合った。アントアネットは弟の手を取って、父と母の写真の前に連れていった。それは彼女の寝台のそばに、室の片隅《かたすみ》にあって、一つの聖殿をなしていた。彼女はその写真の前に彼とともにひざまずいた。そして二人はひそかに泣いた。
アントアネットはちょっとした御馳走《ごちそう》を取り寄せた。しかし二人ともそれに手がつけられなかった。食欲がなかった。オリヴィエは姉の膝《ひざ》にすがりつき、またはその膝の上に乗って、子供のように愛撫《あいぶ》されながら、そのまま二人は晩を過ごした。ほとんど口がきけなかった。もううれしがる力さえなかった。二人とも精がつきていた。九時前に床について、ぐっすり眠った。
翌日、アントアネットは激しい頭痛を感じたが、しかし心からは非常な重荷が取り去られた気がした。オリヴィエはようよう初めて息がつける心地がした。彼は救われたのだ。彼女は彼を救い、自分の務めを果たしたのだ。そして
前へ
次へ
全197ページ中153ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング