大統領は人望をつなぐために、わいわい連中になお半週間の祭りを与えた。彼はそれについてなんの迷惑もこうむらなかった。それらの騒ぎが聞こえなかったから。しかしオリヴィエとアントアネットとは、喧騒に頭を痛められ、害せられ、窓を閉《し》め切って息苦しい室の中にこもり、自分で自分の耳をふさぎ、朝から晩まで繰り返される馬鹿げたきいきい騒ぎが、小刀で刺すように頭の中へしきりとはいってくるのを、いたずらにのがれようとつとめながら、苦しさにたまらなくなっていた。
 おおよその採用がきまると間もなく、口頭試験が始まった。オリヴィエはアントアネットへ列席してくれるなと頼んだ。彼女は門口に待っていた――彼よりもなお震えながら。彼はもとより、満足な試験の受け方をしたとは彼女へ言わなかった。彼が言ったことも言わないこともともに彼女には心配の種となった。
 最後の発表の日が来た。ソルボンヌ大学の校庭に、採用者の名前が掲示された。アントアネットはオリヴィエ一人で行かせなかった。二人は家から出かけながら、口には出さなかったが、帰ってくるときにはもうわかってる[#「わかってる」に傍点]のだと考えたり、少なくともまだ希望が
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