ほうへ気をとられた。ただ一つのその考えが、気を紛らそうとしてるときでも始終つきまとってきた。音楽会で、楽曲を聴いてる最中に突然それが湧《わ》き上がってきた。夜中に眼を覚ますとき、それが深淵《しんえん》のように口を開いてきた。ことにオリヴィエのほうには、姉を慰め姉がその青春を犠牲にしてくれたことに報いたいという、熱烈な願望のほかにも一つ、兵役にたいする恐怖があった。試験に失敗したら兵役を免れることができなかった。――(高等の学校へはいれば兵役を免れる時代だった。)――当不当はともかく兵営生活のうちに見てとられる、大勢の身心の混和にたいして、一種の知的退歩にたいして、彼は押えがたい嫌悪《けんお》の情を感じた。彼のうちにある貴族的な童貞的な情操は、兵役の義務にたいして反発した。それと死といずれがましだかわからないほどだった。かかる感情は、目下一つの信条となってる社会道徳の名のもとに、嘲笑《ちょうしょう》しもしくは非難することができるかもしれないけれど、それを否定する者は盲者と言うべきである。現時の放漫|蕪雑《ぶざつ》な共産主義によって精神的孤立の犯される苦しみ、それ以上の深い苦しみは世に存し
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