借りることを急いだ。きたなくはあったが以前の住居をまた借りたかった。しかしそれはもうふさがっていた。そして新たに借りた住居は、やはり中庭に面していた。そして壁の上から、小さなアカシアの木の梢《こずえ》が見えていた。自分らと同じく都会の舗石の中にとらわれてる野の友にたいする心地で、彼らはすぐにその木へ愛着の念をいだいた。オリヴィエは間もなく健康を、もしくは健康と言われてきたところのもの――(というのは、彼において健康とされていたものも、もっと丈夫な人においては病気だったかもしれない)――それを回復した。アントアネットはドイツのつらい生活のために、多少の金を手に入れていた。それにドイツのある書物の翻訳を出版屋に引き取ってもらって、なお幾何《いくばく》かの金が手にはいることになった。で物質上の心配はしばし除かれていた。そして学年の末にオリヴィエが入学できさえしたら、万事都合よくいくはずだった。――がもし入学できなかったら?
 彼らが共同生活の楽しみにふたたび馴《な》れだすや否や、試験のことがしきりに気にかかってきた。彼らはそれをたがいに避けて話さなかった。しかしどんなにつとめても、やはりその
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