に身を起こし、口をうち開いて、こんども幻覚ではないかと気づかっていた。そして彼女が寝台の上に彼のそばへ腰をおろし、彼を両腕に抱きしめ、彼は彼女の胸に寄りすがり、唇《くちびる》の下に彼女のやさしい頬《ほお》を感じ、手の中に彼女の夜旅に冷えた手を感じ、最後にそれはまさしくなつかしい姉であることを確かめ得たとき、彼は泣き出した。泣くよりほかにしかたがなかった。今でもなおやはり、子供のおりの「泣きむし」のままだった。姉がまた逃げ出しはしないかと恐れて、しっかと胸に抱きしめた。彼らは二人ともいかに変わったことだろう! いかに悲しい顔つきをしてることだろう!……それはともあれ、ふたたびいっしょになったのだ! 病室も学校も薄暗い日も、すべてふたたび光り輝いてきた。二人たがいに抱き合って、もう離れようとしなかった。彼女が何にも言わない先に、彼は彼女にもう出発しないと誓わした。しかし誓わせるには及ばないことだった。彼女はもう出発する気はなかった。彼らはたがいに離れているとあまりに不幸だった。母親の考えは道理だった。何事も別離よりはましである。困窮も、死も、ただいっしょにいさえすれば……。
 彼らは住居を
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