さい!……
しかし彼はその手紙を出すとすぐ恥ずかしくなった。も一つ手紙を書いて、初めの手紙は裂き捨てて気にしてくれるなと、アントアネットへ願った。元気なふうまで装って、姉がいなくてもいいという様子をした。彼の疑い深い自尊心は、姉がいなくてはやっていけないと人に思われることを苦にした。
アントアネットはそれに欺かれはしなかった。弟の考えをすっかり読みとっていた。しかし彼女はどうしていいかわからなかった。ある日などは、すぐに帰りかけようとした。パリー行きの汽車の時間をはっきり知るために、停車場まで行った。それから、正気のやり方ではないと考えた。その地で得てる金でこそ、オリヴィエの寄宿料が払えるのだった。どちらも我慢できるだけ我慢すべきだった。彼女はもう何かを決断するだけの気力がなかった。朝になると元気が出て来た。しかし夕闇が近づいてくるに従って、力がくじけて逃げ出すことを考え始めた。彼女は故国にたいして――彼女につらく当たりはしたが、しかし彼女の過去の遺物がすべて埋もれてる、その国にたいして――なつかしさの情に堪えなかった。また弟が話してる国語、弟にたいする愛情が表現される国語にたいし
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