支持し、自分の力を吹き込んでやった。
 が彼女自身も、あまり力をもってはいなかった。彼女はその外国の土地で息がつけなかった。一人の知人もなければ、一人の同情者もなかった。ただある教授夫人だけが同情を示してくれた。夫人は近ごろその町に移住してきたのであって、アントアネットと同じく異境の寂しみを感じていた。善良なかなり慈愛心深い婦人であって、愛し合いながらたがいに離れてる二人の若者の苦しみに同情してくれた――(というのは、アントアネットへその身の上話を少しさせたのだった。)――しかし彼女はいかにも騒々しくて凡庸で、気転と慎みとがひどく欠けていたので、アントアネットの貴族的な小さな魂は、反感をそそられて打ち解けなかった。彼女はだれも心を打ち明けるべき者がいないので、あらゆる心配を自分一人の胸に収めた。それはきわめて重い荷だった。ときとするともう倒れそうな気がした。しかし彼女は唇《くちびる》をかみしめて、また進みつづけた。健康は害せられて、ひどく痩《や》せてしまった。弟の手紙はますます力ないものとなってきた。落胆の発作にかられて彼は書いた。
 ――帰って来てください、帰って来て、帰って来てくだ
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