。そして夜には、最後に受け取ったのを枕の下に置いた。そして手紙がやはりそこにあるのを確かめるために、ときどき手でさわりながら、なつかしい姉のことを夢みて長く眠れなかった。いかに姉から遠く離れてる心地がしたことだろう! 郵便が遅れて、出された日の翌々日にしかアントアネットの手紙が着かないときには、ことに切ない思いをした。二人の間には二日二晩の距離がある!……彼はかつて旅をしたことがなかっただけになおさら、その時間と距離とを大袈裟《おおげさ》に考えた。彼の想像はいろいろ働いてきた。「ああ、もし姉が病気になったら! 会いに行くうちには死ぬかもしれない……。昨日なぜ数行しか書いて来なかったんだろう?……もし病気だったら?……そうだ、病気に違いない……。」彼は息がつけなかった。――また、その嫌《いや》な学校の中で、寂しいパリーの中で、冷淡な人たちの間にあって、姉から遠く離れたまま一人ぽっちで死にはすまいか、という恐怖になおしばしば襲われた。それを考えるだけでも病気になった。……「帰って来てくれと書き送ろうかしら?」――しかし彼は自分の卑怯《ひきょう》を恥じた。そのうえ、手紙を書き始めてみると、彼
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