れかに室の中を身近くぶらつかれて、何を書いてるかと尋ねられた。手紙を読んでると、何が書いてあるかと聞かれた。嘲弄《ちょうろう》的な馴《な》れ馴れしさで「いとしい弟」のことを尋ねられた。彼女は隠れ忍ばなければならなかった。彼女がときどきどういうくふうをめぐらしたか、オリヴィエの手紙を人目を避けて読むために、どういう片隅《かたすみ》にこもったかは、語るも恥ずかしいことだった。もし手紙を室の中に置いておくと、きっと人に読まれていた。そしてかばん以外には、締まりのできる道具をもっていなかったので、人に読まれたくない紙片は、すっかり膚《はだ》につけていなければならなかった。出来事や心の中のことをたえずうかがわれ、思考の秘所をつとめてあばこうとされた。それも、グリューネバウム家の人たちが彼女に同情してるからではなかった。彼らは金を払ってる以上彼女を自分たちのものだと思っていた。と言って悪意をいだいてるのではなかった。無遠慮は彼らの根深い習慣だった。彼らの間ではたがいに無遠慮を不快とは思わなかった。
アントアネットがもっとも堪えがたく思ったものは、日に一時間も無遠慮な眼つきからのがれることを許さな
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