た。
 オリヴィエは、姉の心中に起こってる悲しい物語を、少しも知らなかった。彼は自分の夢想の中に生きてる感傷的な浮わついた青年だった。鋭いりっぱな精神をもっていたにもかかわらず、また、アントアネットの心と同じく愛情の宝庫とも言うべき心をもっていたにもかかわらず、浮き浮きとして少しも頼りにならなかった。前後|撞着《どうちゃく》、意気|沮喪《そそう》、逍遙《しょうよう》、頭の中だけの恋愛、そんなことに時間と力とを無駄《むだ》に費やしては、数か月の努力勉強をもたえず駄目にしてしまっていた。ちょっと見かけたきれいな顔に夢中になったり、客間で一度話をしただけで少しも注意を向けてくれなかった婀娜《あだ》っぽい小娘に、すっかり心を奪われたりした。ある文章や詩や音楽などに心酔して、勉強などは放り出しながら、それに幾月もの間|一途《いちず》に没頭した。アントアネットはそれをたえず見張り、しかも彼の気を害するのを恐れて、彼に気づかれないようにと非常に注意しなければならなかった。いつどんな向こう見ずなことをされるかが恐ろしかった。肺結核に襲われる人たちにしばしば見かけるような、熱狂的な激昂《げっこう》や平静
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