の欠乏や不安なおののきなどに、彼はよく陥った。アントアネットはその危険さを医者から聞かされていた。田舎《いなか》からパリーへ移し植えられたすでに病的なその植物には、よい空気と光とが必要なはずだった。アントアネットはそれを彼に与えることができなかった。二人は休暇中パリーを離れるだけの金がなかった。休暇のほかは一年じゅう、毎週仕事がいっぱいだった。そして日曜日には、音楽会へ行くときのほかは、もう外出したくないほど疲れていた。
それでも夏の日曜日にはときおり、アントアネットは元気を出して、シャヴィルやサン・クルー方面の郊外の森へ、オリヴィエを連れ出した。しかし森の中は、騒々しい男女や、奏楽珈琲店《カフェー・コンセール》の歌や、きたない紙くずなどでいっぱいだった。人の心を休め清むる神聖な静寂境ではなかった。そして夕方帰り道では、列車の混雑、低い狭い薄暗いみじめな郊外客車の、むせるほどの人込み、喧騒《けんそう》、笑い声、歌の声、猥雑《わいざつ》、悪臭、たばこの煙。アントアネットとオリヴィエは、どちらも平民的な魂をもたなかったので、厭《いや》ながっかりした気持で帰ってきた。オリヴィエはもうそんな
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