ったが――他の女と結婚したという宛名《あてな》自筆の通知状を受け取った。
それはアントアネットにとって大きな悲しみだった。こんどもまた悲痛のあまりに、彼女は自分の苦しみを神にささげた。弟のために身を犠牲にするという唯一の務めを、ちょっとでも等閑《なおざり》にした罰を受けたのだと、みずから信じたかった。そしてますますその務めに身を投げ出した。
彼女はまったく世間から身を退《ひ》いた。ナタン家へ行くことまでやめた。ナタン夫妻は、せっかく選んでやった相手を断わられてから、多少冷淡になっていた。彼らもまた彼女の拒絶の理由を認めなかった。ナタン夫人は、その結婚がかならず成立ししかも申し分のないものだと、前もってきめていたところへ、アントアネットのせいで成立しなかったので、自尊心を傷つけられた。彼女の憂慮は、確かに尊重すべきものではあるがしかしひどく感傷的なものだと考えた。そして日に日に、その馬鹿な娘へ同情を失っていった。そのうえ、相手の承知不承知にかかわらず他人に尽くしたいという欲求から、夫人は他の女を選み出して、費やさずにはいられない同情と親切との全部を、しばらくはその女から吸い取られてい
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