言してやろうと思っていた。朝になると、取り澄ました態度を装いながらもどってきて、もしなんとか言われたら横柄《おうへい》な答えをするつもりだった。彼女の眼を覚《さ》まさないように爪先《つまさき》立って部屋にはいってきた。しかし見ると、彼女は起きたまま彼を待っていて、蒼《あお》ざめて眼を真赤《まっか》に泣きはらしていた。彼に少しの非難をも加えないで、黙って学校へ行く世話をしてやり、その朝食をこしらえてやった。なんとも言いはしなかったが、気がくじけてしまってる様子だった。その全身が生きた叱責《しっせき》であった。それを見ると、彼は対抗しきれなかった。彼は彼女の膝《ひざ》に身を投げて、彼女の着物に顔を隠した。そして二人とも泣いた。彼は自分自身が恥ずかしく、過ごした一夜がいとわしく、身が汚れてしまった心地がした。彼は話してしまいたかった。彼女はその口に手をあてて話させなかった。彼女はその手に唇《くちびる》を押しあてた。二人はそれ以上なんとも言わなかった。たがいに心がわかっていた。オリヴィエは姉から期待されてるとおりの者になろうとみずから誓った。しかし彼女はいかにつとめても、すぐにはその傷を忘れ去
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