ることができなかった。ちょうど回復期と同じだった。二人の間には気まずい隔てができた。彼女の愛情は前に劣らず強かった。しかし彼女は弟の魂のうちに、今や自分と縁遠いしかも恐ろしいあるものを、見てとったのだった。

 オリヴィエの心の中に瞥見《べっけん》したものから、彼女がことに狼狽《ろうばい》させられた訳は、ちょうどそのころ彼女は、ある男子連の追求を苦しんでいたからである。日の暮れ方家にもどってくるとき、またことに、筆耕の仕事を取りに行ったり持って行ったりするため、夕食後出かけなければならないようなとき、男から近寄られたりついて来られたり、いやなことを聞かされたりするのが、彼女には堪えがたい苦痛だった。弟を連れて行けるときはいつも、散歩させるという口実で連れ出した。しかし弟は快く同行しなかったし、彼女も無理に強《し》いることはできなかった。彼女は彼の勉強を邪魔したくなかった。が彼女の純潔な田舎《いなか》風の魂は、パリーのそうした風習になじむことができなかった。彼女から見れば、パリーの夜は暗い森であって、きたない獣から追い回される心地がした。自分の住居から出るのが恐ろしかった。それでも出かけ
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