嫌な、卑猥《ひわい》な言葉が漏れた。彼女は鋭い苦悩に身内を貫かれた。それが長くつづいた。彼らは話に飽きなかった。そして彼女は耳を貸さずにはいられなかった。しまいに彼らは出かけた。アントアネット一人残った。すると涙が出てきた。心の中のあるものが滅びてしまった。自分の弟――自分の子供――についてこしらえていた理想の幻が、汚れてしまったのである。それは致命的な苦しみだった。晩に顔を合わせたとき、彼女はそれについて弟に何も言わなかった。彼は彼女が泣いたのを見てとったが、その訳を知ることができなかった。どうして自分にたいする彼女の態度が変わったか、理由がわからなかった。彼女が自分を制し得るまでにはしばらく時がかかった。
しかし、彼が彼女に与えたもっとも痛ましい打撃は、ある夜家をあけたことだった。彼女は寝ないで一晩じゅう待ち明かした。そのために彼女が苦しんだのは、精神上の純潔さにおいてばかりではなく、心のもっとも神秘な奥底――恐ろしい感情がうごめいてる深い奥底においてまでだった。その奥底を彼女は見まいとして、取り除くことを許さない被《おお》いを上に投げかけた。
オリヴィエはことに自分の独立を断
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