》は、本能的な深い貞節さで――聖《きよ》い感情で――夜の間いつも閉《し》め切られていた。開け放してあるのは、オリヴィエが病気のときだけだった。それがまたごくしばしば起こった。
 彼の虚弱な身体は、なかなか丈夫にならなかった。かえってますます弱くなるかと思われた。喉《のど》や胸や頭や心臓をたえず悩んだ。ちょっとした風邪《かぜ》も気管支炎に変ずる恐れがあった。猩紅熱《しょうこうねつ》にかかって死にかかったこともあった。たとい病気でなくても、重い病気の変な徴候を現わして、ただ幸いにも発病していないのだと思わせた。肺や心臓のある部分に痛みを覚えた。ある日医者は彼を診察して、心嚢炎《しんのうえん》か肺炎かの徴候があると言った。つぎに専門の大家に診《み》てもらったが、やはりそういう徴候だと断定された。けれども別に病気は起こらなかった。要するに彼のうちで病気なのは、ことに神経であった。そして人の知ってるとおり、そういう種類の悩みはもっとも予想外な形で現われる。それから不安な数日を過ごすともう癒《なお》っている。しかしアントアネットにとっては、それがどんなにかつらいことだった。幾晩も眠れなかった。しば
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