をつきながら、別に読もうともしなかった。二人は話をした。ことに夜がふけてくるにつれて、ますます心の中のことをうち明けたくなり、口がききやすくなっていった。オリヴィエは悲しい考えをいだいていた。弱い男である彼は、他人の胸に自分の悩みを注ぎ込んで、その悩みからのがれる必要があった。彼は種々の疑惑に苦しめられていた。アントアネットは彼を励まし、その弱点にたいして彼を保護してやらねばならなかった。それは毎日くり返される不断の闘《たたか》いだった。オリヴィエは苦々《にがにが》しい痛ましい事柄を口にした。言ってしまうとほっとした。そういう事柄がこんどは姉を苦しめてるかどうかは、気にかけて知ろうともしなかった。いかに姉をがっかりさしてるかは、ずっとあとになって気づいた。彼は姉の力を奪ってしまい、自分の疑惑を姉のうちにしみ込ませてるのだった。がアントアネットはそういう様子を少しも見せなかった。生まれつき勇敢で快活であったから、もう長い前から快活さを失ったあとでもなお、強《し》いてうわべだけはそれを装っていた。ときとすると深い倦怠《けんたい》に襲われ、みずから決心してる一生犠牲の生活に反発心が起こること
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